序文 (水口 優,平成16年10月)


毎年1冊の歴史を積み重ねてきて50年が経ち,今年は次の半世紀への一歩を踏み出す.とはいえ,論文集の内容,外観に不連続があるわけではない.今回は,昨年より1編増の400編の応募論文があり,査読の結果4編増の290編の論文が登載されている.応募論文の段階では波に関する論文が19編減り,砂に関する論文が21編増えたのは1つの変化である.現在の海岸工学における課題の存在と問題意識を反映したものといえる.50年という区切りの時を終えて少しのんびりしたらどうかと言われている気もするが,そうも言っていられないという声も強いようです.

人々の社会的な活動の中で海岸域において困っていることは何か,こうあって欲しいと思うものは何かというような目標に向かって,それを実現する上での技術的な課題は何で,それはこうすれば解決できるのではと主張する論文が290編も登載されているわけである.内容的に重なるものもあるだろうが,毎年これだけの数の論文が書かれる以上,海岸における技術的な課題はどんどん解決されていってよいような気もする.残念ながら現実はそうは単純にはいかないのだが.もちろん技術的な課題が解決されたからといって,それはよりよい海岸を実現するための手段を提供するだけである.実際の海岸において何が行われ,何が行われないかは別の問題である.例をあげれば,海浜変形の予測の正確さ(と誤差の)問題は海岸工学者の担当範囲であっても,その予想される状況に対してどう対処するかは政治ひいては社会の課題である.海岸侵食が治水・治山による流出土砂量の減少や港や干拓・埋め立てなどの海岸線の利用問題とも関係する以上,海岸という限られた分野からだけの議論だけで済ませられるものでもない.やむを得ない副作用というのもありそうである.もちろん,その海浜の変化に対処(もしくは積極的に利用する)するにあたっての可能な対策の種類とその効果(と費用)について研究し,有用で信頼できる情報を提供することは工学の使命である.

伝統的なテーマにおいては残された課題は解決の難しいものが多く,社会の変化に伴う新しいテーマは古参の海岸工学者には取り付きにくいものである.50年前にこの海岸工学論文集の誕生に立ち会った人はもう皆現役を退いている.今も世代の交代は続いている.これからも絶え間ない若手の方々の参入のもとで懸案が解決されかつ新しい展開が生まれることによって,面白くてレベルの高い論文集と活発で楽しい海岸工学の世界が続くことを願うものである.

この海岸工学論文集は,日本の海岸工学に関する全てがここにあると言われるほどになり,それなりの評価を得ていると思っている.大学,研究所,コンサルタント,行政,建設会社などにおいて,研究,調査・解析,設計,施工,維持管理といった広範囲な立場から「海岸」に直接関わる者に加えて,関連の分野の人々も含めた多彩な委員の方々と学会事務局の活動に支えられてこの論文集が作られていることを強調して,古参の象徴である委員長も委員会活動からの隠居の時を迎えたい.