序文 (河田恵昭,平成14年10月)

海岸施設を含む公共施設は利用者に安全に提供されなければならない.この
安全性を考えさせられる象徴的な2つの事故が2001年,ともに明石市大蔵海
岸(CCZ事業でできた人工海浜)で発生した.1つは7月21日にこの浜での花火
大会に際して,この浜につながる歩道橋上で群衆事故が起こり11名が死亡し,
247名が負傷したものである.もう1つは12月30日に発生した.砂浜を父親
と散歩中の4歳の女児が,砂浜中に形成されていた侵食穴(直径約80cm,深さ
約2m)に瞬間的に落ちて生き埋めになり,結局,死去した痛ましい事故であ
る.

歩道橋の設計,人工海浜の造成は仕様書通りに行われておりこの点では問題
はない.しかし,前者では花火大会のためのアクセスとしての使用は想定さ
れておらず,後者ではこのような陥没穴の形成を事前に予想できなかった.
つまり,砂浜の使われ方という社会条件の変化や,砂浜の造成に潜む未知の
物理現象の存在は,いずれも設計時に考慮されなかったという問題が残る.

海岸工学を含む土木系教育では,施設を「安全」に提供するという重要な課
題がこれまで中心的に取り扱われることはなかった.機能的,デザイン的に
如何に優れたものを安価に作るかが施設の設計の目的であり,そこを利用す
る人々の安全は,仕様書に想定した範囲内において考えられてきたことは事
実である.すなわち,わが国の大学の土木系学科,大学院では,想定された
条件下での安全性は議論されるが,もっと一般的に安全とは一体どのような
ことを意味するのかについての教育はほとんど行われてこなかったと言って
よい.このことは,現場では作る側の論理で安全性がもっぱら議論されると
いう問題が残ることになる.

安全について,海岸施設を利用する側と海岸施設を提供する側が対等の立場
で検討しない限り,この種の問題は形を変えて再発すると思われる.その解
決策はあるのだろうか.解決の糸口は今夏,英国のカーディフで開催された
第28回海岸工学国際会議の幾つかの研究成果の発表で見出された.今回の会
議の特徴は,一言で言えばEU諸国の海岸マネジメントに関する研究の活発さ
である.そこでは事業主体に公的セクターと民間セクターが対等の関係に立
って進める海岸事業が多く紹介された.わが国はこの点に関して明らかに遅
れている.

公共事業費の削減の中で,海岸事業への予算配分も減少の一途であり,海岸
事業5ヵ年計画もほかの公共事業の5ヵ年計画事業とともに廃止された.この
ような流れの中で,海岸事業を公共事業として公的セクターだけで進めるこ
とが困難となっている.最近,わが国でもPFIが用いられるようになってき
たが,これは民間資金を導入するということだけであって,事業はあくまで
も公的セクターだけで進めている.PFIの導入は,施設の安全について提供
側と利用側が対等に議論できることを意味するものではない.このような背
景では,海岸事業主体に民間セクターを初めから入れておくことが考えられ
る.事実,英国のポート・オーソリティには民間企業やNPOが最初から参入
している.海岸環境保全事業もこの体制で実施し,成功事例がこの会議で多
く報告されている.

わが国でも,海岸や港湾事業を公共事業として,公的セクターだけで推進す
ることは財政面から困難な情勢となっているから,これを活発化するために
EU方式の採用が強く望まれる.このような体制が採用されれば,NPOや住民
の意見が事業に直接反映されるようになるだろう.そうすると施設の安全の
問題は費用便益解析の結果と対等,もしくはそれ以上に取り扱われることも
可能となろう.しかも,以前にも増して民間の知恵が活用されるので,事業
が推進されることは間違いあるまい.EU諸国では公的セクターと民間セクタ
ーの組み合わせで,事業推進と環境保全の歯車がうまく回り始めているので
ある.

いみじくも海岸施設の安全の問題から出発したここでの議論が,海岸事業の
活性化によって実現できることが示されたわけであるが,この過程には多く
の問題が横たわっている.これを解決することも海岸工学の問題であって,
これまで以上に古典的なテーマにとらわれない柔軟な研究課題の選定や研究
手法の開発が期待される.この分野においてもわが国が世界のリーダーにな
るための条件が提示されたとも考えられる.

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