序文 (首藤伸夫,平成元年11月)

地球は小さくなりつつある.地球の子であり,地球の恩恵を享受してきた行
為が,地球の環境に影響を及ぼし始めたのではないかとの反省の声が,この
所急速に高まってきた.酸性雨は,因果関係が明確に認識された一つの例で
あろう.海洋や海岸での現象にも同様の事例が発生しつつある.沿岸水の汚
濁が云われるようになってから,日は久しい.鮭の養殖は日本の誇る水産技
術であるが,最近では陰りが出てきた.回帰率が上がるにつれ,魚体の高齢
化・矮小化が目立つようになったのである.このように,人間活動は,地球
の無限の包容力を前提とすることが不可能な時点に到達した.

1989年は,年当初から地球温暖化が話題となった年である.世上云われるよ
うに炭酸ガスなどの排出が真の原因なのか,あるいはそうでなくとも生ずる
気温変化の範囲なのか,種々疑間は残るようではあるが,気温上昇に基づく
海面上昇が26cmから165cmの範囲との予測も公表された.もし,海面上昇が1m
であれは東京区部の1/3が水没するといわれる.海岸工学者も対応を迫られる
に相違ない.積極的に関与して行くのか,或いは投げかけられる間題への回
答を探すという受動的な態度で望むのか,何れを選ぶかの肢路にたたされて
いる.

今年はまた,あの伊勢湾台風から丁度30年になる.死者行方不明5,101人,傷
者38,917人を出したこの台風は,日本における海岸工学の大ぎな転換点とな
った.あれからの海岸行政の伸び,海岸工学の進歩はめざましい.この動き
の中心にあり,駆動力となったのが,我々の海岸工学講演会であり,その論
文集である.現場と研究を結ぶという良き伝統が,その発展に大いに貢献し
てきた.この第36巻から,海岸工学論文集と,名と体を改めて再発足する.
査読をともなった論文集というと,えてして現場技術者に敬遠され,理論や
計算でなくては論文にならないとの誤解が生まれることを強く恐れる.一つ
の実証,一つの事実は,一見精緻てはあっても早晩消えていく計算や理論よ
り価値が高いものである.徒末の良き伝統が継承されるよう,関係各位の御
努力を御願いしたい.

最後に,論文集の査読・編集に努力された各位,また業界案内と云った形で
財政的に援助して下さる各社に対して心から御礼を申し述べたい.また,講
演会の京都開催にあたり,ご苦労項いた地元の関係者に感謝の意を表する.
比較的小人数の集りでありながら,長きにわたって活発な活動を続けて居れ
るのも,こうした各方面からの支持があるからである.

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