序文 (服部昌太郎,昭和62年11月)

水際線をはさんだ陸域と海域,われわれが「沿岸域」と呼んでいる空聞を最
近ではウォーターフロントという,目新しくしかも何となく魅力的な言葉で
言い表すようになった.このウォーターフロントが外海に面した波の荒い海
域も含んで,21世紀に向けての有望な利用空間として注目を集めている.建
設省はマリーン,マルチ・ゾーン,運輸省は沖合い人工島,静穏海域整備,
そして農水省は海洋牧場と言ったように開発構想をつぎつぎに発表し,民間
活力の活用によってこれら構想の実現を推進している.昭和40年代の海洋聞
発とは異なり,これらの計画は実現性の極めて高いもので,その具体化に当
たってはこれまでの海岸工学の研究成果が役立つだけでなく,より厳しい海
象条件下の多種多様な問題に対する研究と技術聞発とが,今までにも増して
関係各方面から強く要請されている.

昨年台北で行われた第20回海岸工学国際会議で,1994年にこの会議が関西地
区で聞催されることが決定しこのための準備作業が開始され,海岸工学委員
会の英文論文集であるCoastal Engineering in Japanが,土屋義人前委員長
をはじめとする海岸工学委員会委員のご努力で,予定通り年2回の発刊による
ジャーナル化を達成した.21世紀を目前に控えた今,海岸工学分野の研究と
技術開発が大きく飛躍するこのような絶好の機会が設定されたことは,海岸
工学に携わるものとして非常に喜ばしいことであると同時に,われわれの使
命の重大さを感ぜざるをえない.

わが国では1954年の第1回海岸工学講演会以来,講演会で発表された数々の成
果を収録した34冊の講演集と講演会論文集は,海岸工学関係者にとって欠く
ことの出来ない文献となっている.そして,その論文課題と課題ごとの論文
数の動向とによって,海岸工学に関係する周囲の情勢に対応してわが国の研
究がどの様に移り変わってきたかもわかる.講演会論文集に研究成果が登載
され,それを講演会で発表することを目指して,多くの研究者と技術者が懸
命な努力を払っていることは事実である.海岸工学講演会論文集に現在のよ
うな2000字の論文概要による査読制度が採用されたのは,1980年の第27回講
演会以来である.この査読制度がほぼ定着化すると共に,この数年来査読制
度に対する様々な意見が各方面より海岸工学委員会にも寄せられるようにな
ってきた.このため,海岸工学委員会を中心に論文査読制度の見直しと講演
会論文集の性格を再検討する作業が進められていることを報告し,ごの問題
に対する関係各位の建設的なご意見を委員会に寄せられることをお願いする
次第である.

本年の海岸工学講演会が開催される静岡県清水市は,吉くから風光明媚な海
岸として知られる富士海岸と駿河海岸にはさまれた,わが国有数の港町であ
る.清水市が位置する駿河湾沿岸は急深な海浜地形条件により,昔から台風
にともなう高潮高波などによる海岸災害を受け,また近年には東海地震によ
る津波対策や様々な治岸環境問題を抱えるなど,海岸工学上の幾多の難問題
を今日までわれわれに投げかけてきたフィールドである.1950年代より今日
まで着実に前進し続けて来た海岸工学分野の研究が1980年代に入るとある種
の壁に突き当たると共に,研究内容にも工学としての目的意識が希薄である
と思われるものが増えているという指摘もある.この現在の海岸工学にとっ
て看過することの出来ない問題を克服するためには,現場技術者だけてなく
研究に携わるものも絶えずフィールドに起きている現象に注目し,これに学
ぶことを忘れてはならないと考える.この意味からも,本年の海岸工学講演
会がわれわれが最も関心を払うべきフィールドを間近に持つ清水市で開催さ
れることは,大変意義あることといわざるをえない.

講演会の開催に絶大なご支援を頂いた土木学会中部支部,清水市,東海大学
をはじめとする地元各関係機関の方々に対し心より感謝すると共に,本講演
会論文集の編集にご努力下された論文集査読小委員会並びに編集小委員会の
委員と学会事務局担当者にもお礼を申し上げたい.


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